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SUN SURF Special Edition “HAWAII CLIPPER”

今回ご紹介するのは、アロハシャツ黎明期の最重要ブランド『ムサシヤ』の最初期洋柄アロハ、完全復刻版です。

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ムサシヤ(武蔵屋)は、最初の官約移民940人の一人としてハワイに渡った東京出身の宮本長太郎によって、1904年頃にホノルルのノースキング330番地にて創設されました。
店名は宮本武蔵からとも、祖国の地名武蔵からとも言われています。
衣類の販売と仕立ての店として、当時の観光ガイドなどにも広告を出し、アメリカ本土からの観光客にも有名なお店でした。
1915年に長太郎が他界すると、日本の学校へ行くために別居していた長男の孝一郎がハワイへ戻り、商売の知識がほとんど無かったにもかかわらず店を継ぎ、店名を「ムサシヤ・ショーテン」、日本語名を「武蔵屋呉服店」と改めました。
孝一郎は店舗での仕立業拡大を考え、イギリスの大手テキスタイル会社に生地を発注するのですが、第一次世界大戦の影響で注文した生地が届かず、しびれをきらして発注を繰り返します。
その結果、ある日突然重複してオーダーされた生地が一度に届き、孝一郎はブロードクロスの山に囲まれてしまいます。
すぐさま腕のいい職人を捜し最高級のシャツを作り始めるも、膨大な数を販売しなければいけないため、チャールズ・R・フレイジャーの広告事務所へ相談に行き、地元の大手新聞ホノルル・スターブルティン紙に広告を出すことに決めます。
また、過剰な在庫を売りさばくために、店名も「ムサシヤ・ザ・シャツメーカー」という通称を使うようにアドバイスを受けます。

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“ムサシヤ・ザ・シャツメーカーは衣料品を売るだけでなく、春到来のお知らせをさせていただきます。ああ、なんと美しい春でしょう。英国のシャツ地が到着しました。春の穏やかな足音が聞こえますが、ハワイでは冬が静かに去っていくのもほとんどわかりません。でも胸の内は違うのです。仕事以外の事をするのがとても楽しくなり、恋人にもおおらかな気持ちになれます。なんて不思議な天候なのでしょう。当然、新しい春のシャツが欲しくなるのです。”


日本育ちの孝一郎の意味はわかるが文法が間違った滑稽な英語と、孝一郎本人をモデルにしたと思われる下駄を履いた笑顔の日本人のイラストは、当時相当なインパクトがあったのでしょう。
店は一躍有名になり、オーダーはアメリカ本土だけではなく、南アフリカやアルゼンチンなど、世界中から舞い込み、ハリウッドの大物達が孝一郎の仕立てた絹製のシャツやパジャマやローブなどを注文していくほどになります。
1930年代に入ると株式会社化し順風満帆に思えたムサシヤでしたが、世界恐慌の影響を受けて、1934年には輸入商社の藤井順一商店に店を売却。
買い取った藤井順一商店は「ムサシヤ・ショーテン・リミテッド」と再び改名し、同じ場所で営業を継続します。
そして、翌1935年にホノルル・アドバタイザー紙に“アロハシャツ―綺麗な仕立て、美しいデザイン、晴れやかな色。既製品と注文品…95セントより”と広告を打ちます。
これが現在のところ、アロハシャツという言葉が文字として残された最古のもの

キングスミス洋品店の店主、エラリー・チャンが“アロハシャツ”を商標登録する二年前の出来事です。
一方、店を売った宮本孝一郎はホノルルのサウスキングに移り、それまで通称として使ってきた『MUSA-SHIYA The SHIRTMAKER (ムサシヤ・ザ・シャツメーカー)』を正式名称にした店を設立。
のちにカラカウア通りに店を移すも、1968年、73歳まで店を続けました。

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このシャツのオリジナルは1935年頃に宮本孝一郎が仕立てた、大変貴重な最初期の洋柄。
ネームラベルに“MUSA-SHIYA The SHIRTMAKER”と“むさしや商店”両方の文字があるのは、売却して間もない移行期だったからだと思われます。
シャツ全体を太平洋の大海原に見立て、カメハメハ大王がデザインされた方位記号を中心にハワイの島々、マロロー(トビウオ)、グラスシャック、アロハタワーなどの風景を描いた作品です。
複数のモチーフの中でも特に注目される絵柄が、マトソンラインの大型客船と共に描かれている飛行艇『ハワイクリッパー(Hawaii Clipper)』。

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パンアメリカン航空の3機のマーチンM-130飛行艇「クリッパー」は、1935年にサンフランシスコからホノルルを経由してマニラまで、世界初の太平洋横断便として就航しました。
その2番機がこの柄にあるハワイ・クリッパーで、1番機は「チャイナ・クリッパー」、3番機は「フィリピン・クリッパー」と呼ばれていました。
ハワイ・クリッパーは1938年にグアムとマニラの間で就航中に行方不明になり、運航期間は僅か三年間でしたが、しっかりとこのアロハシャツにその歴史を刻み込んでいます。
どおりでノスタルジックな柄なわけだ。
グリーンのグランドに単色オーバープリントが古い時代を感じさせますが、古すぎて逆に新鮮さの方が大きいですね。
レーヨン羽二重に緑の練りボタン、大きな襟がイカす!



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